種まきのはなし

5月……いよいよ畑や庭仕事が始まります。 雪で真っ白から、土で茶色。そして芽が出て黄緑から緑。そこから花が咲いたり、実になったり。カラフルな景色、香り、音の変化が、再び雪が降るまで目白押しです。すし屋の娘として産まれ、果樹園に嫁いだ私は『生で食べる』ことが何より一番の贅沢と常々思っていて、そして、育てた野菜を調理する立場になった今、自然栽培で育てられた背景を知ると、収穫された野菜は、生き物を扱う仕事だと思っています。

私には、仕事の根源になっている、影響を受けた酒蔵と、理想を実現しているレストランがあります。 どちらも生産農家さんと強く繋がっていました。全量自然栽培米でお酒を造っている酒蔵とのお話の中で「自分たちの仕事は、素晴らしい農家さんを支えさせてもらっている立場でもある。」ということを仰っていました。 当時、果樹園でジャムの製造に力を入れ始めた私には、ハッとする言葉でした。「無駄にしない為に調理や加工があるのではなく、調理や加工があるから農業が安心してできるのかもしれない」と。

また、予約が取れないレストランのデザートメニューの一番上には、旬の果物が乗っていました。そのひと皿のために、運ばれてきた果物をひたすら選別する。有名レストランで腕の立つパティシエがいるにもかかわらず、あえて手を加えない果物のメニューがありました。とても驚きましたが、同時に感動し、自分の考えは間違えていないと背中をしてもらった気持ちにもなりました。

翌日、そのレストランが契約している農場に行ってみたら、そこで育てられていたオーガニックの野菜は不揃いで、規格外品と扱われるようなものがたくさんあり、「そう、これが普通なんだよね」と納得。畑と台所の距離。スーパーではなくて畑が台所へのはじまり、と思ったら、良い形やフレッシュなものは有り難くそのまま。そして、シンプルに調理したもの、 煮込こみやペースト、さらに保存へと素材がさまざまに変化していきます。畑が始まるこの時期に、1年一周とすると…、 繰り返される季節の仕事の再確認をしています。まるで、赤子を待つように…、 無事に収穫できるまで、こちら、体制を整えておきますね。 種まきの時期は、そんなことを思っています。

 


安斎明子
(あんざいあきこ)
たべるとくらしの研究所副理事長。畑担当の理事長が作った野菜たちにたっぷり手間暇をかけ、一切の無駄を出さずに絶妙な味を引き出す料理人。季節の果樹を使ったジャムなどの加工品や香味野菜のオイル漬けなど幅広く保存や加工を研究している。最も畑に近い料理人。