楽しい料理のはなし

3月は、私たちにとって特別な月です。誕生日はウッカリ忘れちゃうこともあるけど、3月は忘れません。3月11日は特別な日となっています。東日本大震災の夜、停電と余震が続く中、遠くには明かりがついている。津波があったことも知らず、これから起こる原発事故も知るよしもないけれど、「不幸って誰にでもアッサリやって来るものなんだなー」と、ひとり寒い夜空を見上げながらふと思った気持ちは一生忘れないでしょう。それから毎年、いろいろな気持ちの変化を確認し続けています。螺旋階段を上るようにグルグルグルグル。1周ごとに立ち止まりながら。同じ気持ちではないので、同じところに戻らないのがやっぱり螺旋階段っぽい。まよいながら、ゆれながら8年間過ごしてきました。
先月の庭しんぶんでカルロスゴーンの記事を読んだとき、「そうそう、正解はひとつじゃないんだよね」ということを頭だけじゃなく、自分の気持ちで理解できたのは震災からの経験でした。料理を仕事にしているので、経験で得たことを料理に落とし込みます。ある程度のこだわり、というか自分的ルールがあります。でもそれは「料理の正解」とは思っていません。時には料理が自己紹介だったり、時には集まったメンバーや会を想像して、マッチングゲームみたいな料理だったり。経験値はいわば、ゲームでいうカードをたくさん持っているような感覚。味を自分で決められると、グッと楽しくなって、自信を持ってカードを出すように調味料を使う。テキトーだけど美味しいが生まれる。料理の正解より、誰かの美味しいを目指すより、楽しい料理を目指す方がいいんじゃないかな。あれ?9年目の3月はそんな事を思っているのですね。

 


安斎明子
(あんざいあきこ)
たべるとくらしの研究所副理事長。畑担当の理事長が作った野菜たちにたっぷり手間暇をかけ、一切の無駄を出さずに絶妙な味を引き出す料理人。季節の果樹を使ったジャムなどの加工品や香味野菜のオイル漬けなど幅広く保存や加工を研究している。最も畑に近い料理人。