春義さんにとって、絵本って何ですか?


Q

はるよしさんにとって、絵本ってなんですか? (庭しんぶん編集部)

 

A

絵本は僕とこどもを繋ぐもの、結ぶもの、知り合うためのもの。実はこどもとどのように付き合うかはかなり難しいと思っている。赤ちゃんはしゃべってくれないし、3歳くらいまでのこどもの話は良く分からないし、4歳、5歳は自分勝手なことばかり言ってるし、可愛い時もあるけど、やっぱり良く分からない。7人のこどもを授かって、妻と2人楽しみながらこどもたちと過ごせたのは絵本のおかげと言っても過言ではない。ただ読むという行為だけでこどもと繋がれる。こどもは絵本を見て、聞いてくれる。毎日、毎日読んでいるうちにこどもが楽しみにしている場面が分かるようになる。その場面に来るといつものように指を差したり、声をあげたり、ジーッと見入ったりする。だからそのページは少し時間をかけて見るようにする。こうして絵本は僕とこどもを結びつける。

それは、同時にこどもを知ることになる。数知れぬ絵本たちによってこどもの内面を発見する機会を得た。息子が生まれ、ものごころがついて初めて読んだのが『くだもの』 だった。描かれたいちごに手を伸ばして摘まむふりをし、食べるふりをしていた。さらに僕にも食べさせてくれようとする息子を愛しいと感じた。小学校入学のお祝いは妻の実家のある函館まで飛行機で行った。初飛行がプレゼントだ。『とべ!ちいさいプロペラき』は赤い小さなプロペラ機が初めて大空を飛ぶドキドキが描かれている。読んだ後で飛行機に乗るとこどもがプロペラ機のドキドキを感じているのが分かる。『エンソくんきしゃにのる』 は次男に初めて読んだとき「もう1回」に応えて7回も読んだことがある。こんなに好きになる本があるのだと知った。『てんのくぎをうちにいったはりっこ』 は 「ひとうち、ふたうち」とくぎを打つその調子にこどもも体に力を入れているのが分かる。その一体感を今も思い出す。それを楽しんだ四男坊は、なんと大工さんになっている。

『ひとまねこざる』のシリーズは三男坊の誕生日のプレゼントだった。タイトルの前にこどもが自分で名前を書いている。少々長い文章なのだがよく読んだ。こどもが好きだったからだ。主人公のこざるがどんなにいたずらをしても黄色い帽子のおじさんは決して怒らない。それが好きな理由だと何回も読んでいるうちに分かった。こどもによって僕が絵本の本質に出会っている。五男坊は、思い出の絵本を1冊教えてといったら、『こすずめのぼうけん』と答えた。こすずめはお母さんに、塀まで行ったら戻ってくるように言われたのに調子にのって飛び続け、惨憺たる結果となり、お母さんがうす闇の中にこすずめを見つけて連れ帰る話だが、それが最も深く残っているとは知らなかった。20年を経て息子の言葉によって改めて僕はこの本の凄さを知ったのだった。

6人目に生まれたのは女の子。林明子さんの作品の主人公に気持ちを寄り添わせ、憧れを持って見ている娘を発見した。『こんとあき』はその最たるもので、小学校の自由研究ではきつねのこんの人形を作っていた。今も人形は健在で彼女の大切な友達だ。こどもが絵本の世界を現実の中でも楽しむ姿に絵本の奥深さ、こどもの想像力の限りなさを知ることが多々ある。末の息子が4歳の頃『わにわにのおふろ』を読んでいた。夕食後いち早く服を脱いでお風呂場へ行ったと思ったら洗面器をかぶってシャワーヘッドを持って、わにわにになっていたのだ。一緒に絵本を楽しんでいたから、わにわにになっていると分かるのだが、そうでなければ呆れて叱っていたかもしれない。また、かがくのともの『えぞまつ』や『ふゆめがっしょうだん』などは、家でも読んでいたが大雪山を散策する時に必ず持って行き、絵本と実際を比べてみたものである。大自然をこどもと共有できるのは一緒に生きていることを確認する時間でもあった。

古い話になるが、1988年1月号のたくさんのふしぎは『青函連絡船ものがたり』だった。青函トンネルが出来て連絡船が廃止になった年に刊行されたこの本を持って家族6人で最後の連絡船に乗ったのだ。本と同じ十和田丸だった。みんなで本を持ちながら船の中を見学していたら、乗組員の方がそれを見て船長のサインをもらってくれた。「十和田丸船長、山口和雄」のサイン本は我が家の宝物。三男が4歳の頃『のえんどうと100人のこどもたち』を何度も読んでいた。それで僕の大好きな絵本になった。彼が20歳の時ガールフレンドと札幌に来た。夕食の時、絵本の話題になって彼女も同じ年にこの絵本を父親に読んでもらっていたと知り、僕は有頂天になった。この2人が結婚し、そのこどもにこの絵本を読むようなことになったら親子2代に亘って同じ絵本を楽しむようになる。数年後それは夢ではなく現実になった。絵本は僕とこどもだけでなく家族、世代をも繋げ、結び付け、互いを知るためのものになった。このように楽しんだ絵本の殆どは福音館の月刊絵本だ。毎月毎月楽しみにしていたのはこどもだけでなく僕だった。

こどもが小学生になると絵本だけでなく童話や、児童文学を読むようにした。ある日小学校高学年になった長男が夕方帰って来たがひどく不機嫌だった。何か嫌なことがあったのだ。理由も聞かず、「『モモ』を読むから聞くかい?」と言うと、不機嫌な顔のまま聞き始めた。15分ほど読んで「あとは明日にしよう」と言った時にはいつもの穏やかな顔になっていた。ささくれていた心が物語で癒されたのをも僕も体験したひと時だった。この他にも 『エルマーの冒険全3巻』、『完訳ハイジ』、『冒険者たち全3巻』、『ナルニア国物語全7巻』『大草原の小さな家』等々、これらを読んだ日々がこどもと僕のつながりのすべてと言ってもいいほどだ。そして、こどもが僕を絵本や児童文学に繋げてくれた1番素晴らしい導き手だったことを大変嬉しく思っている。

 


藤田春義
(ふじたはるよし)
1954年秋田県生まれ。大阪社会事業短大専攻科卒。むかわ町にて保育のしごとを6年余り経験し、その後、札幌第一こどものとも社に勤務。1996 年に絵本とおもちゃの専門店「ろばのこ」を立ち上げ、育児教室を開催してきた。年間 50 本以上の保育研修を実施。2000年より保育実践セミナーを主宰し、幼稚園や保育園の先生と絵本や伝承わらべ 唄、子どもの遊びについてセミナーを開催している。2019年度から研修部門をメインに活動する。北翔大学短期大学部非常勤講師。